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「…まあ、そんなところよ」
香里は大方を話し終わり、ふう、と一息をついた。
「………」
栞は真剣な顔もちで香里を眺めていた。
「…そう、ですよね。お姉ちゃんだって人なんですから嫌なことだってありましたよね」
「やけに引っかかる言い方ね」
香里はむっとした顔で栞を睨む。
「えう。で、でも名雪さんのお陰で悩みは解決できたんでしょう?」
「…まあね。なんだか名雪を見てると、ちまちま悩んでるあたしがバカらしく見えて」
ふふ、と苦笑いのような、しかし本当の笑みを香里は見せた。
「今、空は曇ってますか?」
「空?」
香里は唐突な妹の言葉にきょとんとしていた。
「天気予報では晴れだったけど…」
窓を開けようとすると、
「そうじゃなくてお姉ちゃんの空です」
栞がそう言って香里を見据えていた。
「…あたしの」
香里は少し俯いた。
「よく…わからないですけど。名雪さんも絶対後悔してますよ。お姉ちゃんに悪いことしたって」
「………」
そのまま暫く立ったままでいたが、
「…この場合、何もしないのが一番バカよね」
「はい。お姉ちゃんらしくないです」
香里の言葉に、にっこりと栞は微笑んだ。
「電話…してくる」
振り返り、歩き出す香里。
栞はいつか名雪に言われた言葉を思い出した。
「ふぁいと、ですっ。お姉ちゃん」
「…ええ」
香里はしっかりと頷いたのだった。
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「香里って変に強情だからなあ」
祐一はうんうんと頷いていた。
何杯目のお替りだかわからないコーヒーを一口飲んで。
…そろそろお替りを持ってくるウェイとレスの顔が険悪になってくる頃だろう。
「だからわたしのこと許してくれないんじゃないかな…」
そして名雪は寂しそうに呟いていた。
「そりゃ無いな」
祐一はきっぱりと言い切る。
「…大方、どんな顔して会えばいいか、考えてたとこだろ」
そう続けて、すっと席を立った。
「じゃあ後は適当に何とかしろ」
「え?」
きょとんとしている名雪に、祐一は後ろのガラスを指す。
「あ…」
そこにいたのは、息を切らしている香里であった。
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「………」
「………」
「………………」
奇妙な間。
香里と名雪は向かい合って座っているのにも関わらず、無言だった。
…どうしよう。やっぱり香里怒ってるよ。
名雪はそんな思考を巡らせていた。
「…名雪」
「な、なにっ?」
香里に名前を呼ばれ、名雪はびくりと体を震わせた。
「…あたしは別に怒ってないわよ」
「え?」
小さく息を吐く香里。
「まあ全然怒ってないっていったら嘘だけど…嫌な事も楽しいことも分かち合ってこそ友だち、ってどこかで聞かなかったかしら?」
「…香里…」
「ただし。イチゴサンデーを一杯奢ること。それでいいわね」
「うん」
名雪はこくりと頷き、
「…いつも香里に迷惑かけてばかりでごめんね」
と、苦笑気味に言った。
「なーに言ってるのよ。あんたはバカで鈍くてとろいんだからそれでいいの」
「うー…酷いよ香里」
ますます情けない顔に変わる名雪。
「まぁ、アレはアレでいい思い出だったということにしておいてあげるわ」
くすりと香里は微笑んだ。
何かが吹っ切れたかのように。
「あ。それならね。お母さんが新しいジャムを作ろうって」
「却下」
「…うー」
「そういうのはあたしよりもっと近い人間に頼めばいいでしょ」
はぁ、と溜息をつきながらも、どこか楽しそうに言った。
「祐一?」
「そ」
「でも祐一は」
「あんたの恋人…じゃないの?」
「ち、ち、ち違うよっ。わたしはそう思ってても祐一は全然そんなこと思ってないんだよっ?」
名雪は顔を真っ赤にしてぶんぶんと首を振る。
「…そう」
香里はまた嬉しそうに笑った。
「じゃあそういうことにしましょう」
「え? え、え? えっ?」
名雪はそんな香里の様子にさらに慌てだす。
「…帰りましょうか」
そして席を立ち上がる。
「え? でもイチゴサンデーは?」
「また今度でいいわよ」
「…??」
疑問顔の名雪。
「ほらほら。お金は相沢君が払っておいてくれたみたいだから」
「あ、待ってよ〜」
慌てて後を追っていく。
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商店街。
そこには様々なものがある。
それは店であり、商品であり、人であり、思い出である。
この街も例外ではなく、そうなのだ。
香里は空を見ていた。
何をするわけでもなく、ただぼうっと空を眺めていた。
商店街の喧騒。
そんな中で、香里は空を眺めていた。
夕焼け色の空を。
「夕焼け空は恋心とやらなんとやら…」
相沢君に名雪を取られるのはなんとなく癪だけど。
それが名雪の進む道。
ならば応援してあげましょう。
それがあたしの進む道。
「今度、相沢君と真剣に話し合わなきゃね…」
そんな香里の呟きに名雪は慌てて言うのだ。
「だ、駄目だよっ。香里はわたしよりずっとスタイルもいいから祐一もきっと…」
ああ、姑役も性にあってるのかもね。あたし。
「冗談よ。まったく…」
香里は空を見た。
名雪との思い出はたくさんある。
楽しかったことも、そうでないことも。
いい事も悪いことも含めて。
「ねえ香里」
「何よ?」
…そんなことを改まって聞くのも奇妙なのかもしれなかった。
「わたしたち…友だちだよね」
「…そうねえ」
きっとこんな関係はこういうものだろう。
夕焼け色の空は綺麗に晴れていた。
きっと明日もいい天気。
晴れた空を見て。
「親友…でしょ?」
あとがき
どうもSPUです。
香里の誕生日記念と言うことで。
名雪と香里の出会いが書きたくなったのです(笑)
どうせなら自分のためじゃなく誰かのために生きたいものです。
良いところも悪いところも全てひっくるめてそれでも付き合いたいと思える誰か。
…そんな人が同性なら親友であり、異性なら恋人なのではないかなあと。
あまりまとまらなかった気もしますが(汗)
そんなことを伝えたったなあと(^^;
ではでは、ここまで読んで下さった皆様、ありがとうございました。