ボーっとする寝起き。どこもかしもが回転中。ぐるぐるぐる。 ファンタスティックにぐるぐるぐる。ビューティフルにぐるぐるぐる。洗濯機みたいにぐるぐるぐる。 上半身を起こそうとする。よりいっそうぐるぐるに磨きがかかる。 ぐるぐるがぐるぐるぐる。さっぱり意味がわからない。 ――バフッ! 結局力尽きる。もう一度挑戦してみた。身体に力をいれて上半身を起こす。 ぐるぐるぐる。ぐるぐるぐる。 ――ベシン! 自分の頬を両手で叩き、ぐるぐるを止めようとした。 だけど、ぐるぐるぐる。やってられないわよ、全くっ…。 ――バフッ! また力尽きる。ちょっと腹が立つ。気分が悪い…別な意味も含めるけど。 更にもう一度挑戦してみた。 ――ぐるぐるぐる ちゃんと起きれた。よし、あたし合格。 次に足を床につかせる。よし、足着いた。 さてさて、今度は難関かと思われる立つことに挑戦してみる。 「よっと…」 軽く声を出してバランスをとろうとする。 視界のぐるぐるは相変わらずぐるぐるだけど、何とか歩けそうだ。 1歩…2歩…うんうん。この調子。 3歩、4歩。ん?ちょっとペースが速いわね。 「とっと…」 言ってみた。だけどやっぱり速い。止まらない。あーやばいな、コレ。 5歩6歩7歩と急ぎ足で数えると目の前にはドア。このままじゃぶつかる。 8歩9歩じゅぅ… ――バン! 腕がノブに掛かってドアが勢いよく開いた。 ――ゴン! 「あぅっ!!」 確かな手ごたえと、それに続いた誰かの悲鳴。 そんな外界のことなど関係なく、あたしの身体はズシャッと床にずれ落ちる。 床はひんやりして気持ちが良い。吸いこまれる冷たさ。くそ暑い夏にめぐり会えたクリスタルの氷のよう。 目の前に誰かの細い足が見える。視界のぐるぐるは治ってない。だから目の前の足も回転。ぐるぐるぐる。 「えぅ〜」 誰かの半泣き声。耳がキーンとしているからよく聞こえないけど…栞みたい。 ていうことはこの足も栞の足と言うことになる。 顔をちょっと上げてみた。案の定、栞の眼がぐるぐるぐる〜ってそんなわけないか。 涙目になっておでこをぎゅぅと押さえている…あたしがぶつけちゃったんだ。ドア開けるときに。 「ごめん。不可抗力だから堪忍してね」 とりあえず謝る。すると、栞はハッと我に返ったようだ。 「お、お姉ちゃんっ!」 栞は慌ててあたしに近づいた。 滅多に見ることなんてないだろうって思えるほどの大慌てだ。 「大袈裟よ、あなた」 「だってだってだってっ!!」 近場で叫ばれる。じ〜んと耳に痛く響いた。 「ああもううるさいっ!! 頭に響くっ!」 「あ…ごめん」 しゅんっと栞が俯く。あちゃ〜、ちょっと怒鳴り過ぎたかしら。 まぁいいや。このくらいでグスる子じゃないし。今回フォローはパス。 わたしは手の平を床にペタンペタンとつけて、グッと力を入れる。 すると今まで以上にぱわーあっぷしたぐるぐるがあたしを襲う。 はげしくはげしくぐるぐる…うっ、気持ちわるっ…。 「うっ…っと」 それでも、堪えながら壁に手をかけてよろよろと立ちあがる。 「見なさい栞。これが姉の強さよ」 ふざけた言葉を言ってみたら、力がスゥっと抜ける。視界がぐるぐるから一気に真っ暗。 底無しの闇がふわぁ〜と広がる。 ――ガシッ! 栞がナイスタイミングであたしの身体を受け止めた。 が… 「む、無理っぽい…」 ――ズシャッ 栞も一緒に崩れ落ちる。 「お姉ちゃん重すぎ…」 「おいコラ」 「か弱い女の子にお姉ちゃんの体重はキツイです」 はっ倒そうかコノヤロと思ったけど、今のあたしじゃ返り討ちに遭うだけ。というか自滅。 これだから高熱っていうのは…そんなことを重いながら、もう一度立つ。 が、またよろっとなりそうになる。 「無理しちゃだめだよ」 あたしの腕が栞の肩に回される。 「出来れば、さっきのときにこうなって欲しかったわ…」 「そんな事言う人嫌いですっ」 う〜と頬を膨らませると 「倒れる寸前の人を受け止めるほど、私の力ないもん」 「ごもっとも」 正論だ。あの病弱な妹があたしを支える。これだけでもかなり驚くことだと思う。 帰ってきたら家が無かったっていうぐらいに。 「ねぇお姉ちゃん。何処に行く気だったの?」 「トイレ」 「了解です」 栞があたしを支えながらゆっくりと歩く。ぐるぐる状態のあたしにしてみれば、 バランス感覚なんてほとんど失われてる。 だから1歩1歩踏み出すのに好都合だった。 「あ。そうそう、今日のお昼ご飯。おかゆの具は何が良い?」 「は?母さんはどうしたのよ?」 「全部私に任せて仕事に行っちゃった」 「ったくあの親は…」 恨む反面嬉しかったりする。病人を任せても大丈夫な体調なのだ。栞は。 こっちの体調が悪いときにこんなことを感じるのも癪に障るけど、やっぱりすごく嬉しかった。 むかし願っていた今の時間。あのとき憧れたこの気持ち。 そんな、求めていた日常がゆっくりと…。 「わっ!」 「へっ?」 ――ズシャァッ! 「あっ…ご、ごごめんお姉ちゃんっ!」 似合わないことは考えないほうが良いらしい…。 もうやってらんないわ…ホントに。 「トイレに行くだけなのに、どうして三回も転ばなくちゃならないのよ」 「私がいなかったらもっとこけてたよ」 栞がやわらかく布団をあたしにかける。ふわっとした心地よい感覚。 天井がぐるぐる回ってなければもっと心地良く感じられるのに。 「気分はどう?」 「栞がぐるぐる回ってる」 「当然だね」 栞はくすりと笑って、ベッドの端に座った。 「こっちは気分が最悪だというのに、そんな笑顔を見せられると憎たらしく思えるわね…」 「そんな事言うお姉ちゃん嫌いですっ」 『ふーんだ』と言う表情に変わる。コロコロ表情がよく変わること。 「罰です。今日のお昼ご飯、スペシャルディナー追加」 「何よそれ?」 「摩り下ろし大根と長ねぎとはちみつを混ぜてぐるぐるかき回したもの」 ものすごくいやな一品だ。食べ物とは思えない。 「それって…食べれるの?」 「あゆさんから教わった知識に私がアレンジしてみただけだから多分食べ物です」 「多分って…あたしに実験するつもり?」 「だから言ったでしょ。罰だって」 「勘弁してよ…」 う〜と目線を栞からはずす。病気のあたしをいじめるなんて…こんないじわるな性格は誰に似たのかしら? …あたしか。 「あっ…もうこんな時間。それじゃ作ってくるね。お昼ご飯」 「スペシャルディナー作るんじゃないわよ」 「わかってますっ。とにかくグルグルが治って元気のあまり鼻血が出ちゃうような…」 「普通がいい」 「う〜。お姉ちゃんノリが悪い」 栞はぴょんとベッドから降りると、部屋を出て行った。 残るは静けさと、ぐるぐるの天井。とりあえずお昼が出来るまでもう暫く眠っていよう。 さっさと元気にならないと、あのコが何をしでかすのかわかったもんじゃない。 いや、何かしでかすわね…きっと。これが姉の勘ってやつか。 最後にそんな不安を感じて、目を瞑った。 一人だとやっぱり静かだ。 ――寝たね。お姉ちゃん。 栞はドアをそっと開けて、中の様子を確認する。中からは規則正しい寝息しか聞こえない。 静かにドアを開けた栞は、スススと姉の前まで移動すると、握っていた物をキュポッと引っこ抜いた。 「ひげー、ひげー」 呟く程度に歌いながらキュッキュッと香里にダンディな髭を描いていく。 「頬には熱と愛。最後に額へお肉っと」 描き終えて、しっかりとキャップをしめる。 カメラを出してカシャカシャカシャと数枚撮ると、布巾でマジックをふきふき証拠隠滅。 水性の名は伊達じゃない。 「あとはこれを祐一さんに渡せば…あはっ、待っててくださいねアイスちゃん。 もう少しで、愛しの栞ちゃんが行きますからね〜っ」 らんらんとスキップして栞は部屋をあとにした。 祐一との約束――姉の面白い写真撮ったら3000円分のアイス贈呈。 頭の中が「アイス>姉貴」の栞にとってはこれほど美味しい話はない。 というわけで今回の行動に至ったわけである。 が、世の中そんなに甘くはない。謎ジャムよりは甘いが、それでもやっぱり甘くはない。 祐一に渡した直後、即刻ばれたらしい。二人とも香里からキツイおしよきを受けたそうだ。 偶然おしよき現場に出くわした名雪いわく、ぐるぐるぐる〜っ、だそうで。ぐるぐるぐる〜。
後書き 1周年おめでとーございます。パチパチパチパチ。 香里風邪という設定で書いてみました。 コレを書いてる途中、香里が夢の中でラリッてる栞に首をしめられるとか(怖っ) 栞のクッキングが原因で家が火事になるオチだとかいろいろ思いついたんですけど、 とりあえず無難な物に。といっても付け足したようなオチになっちゃいましたが(汗) それに栞の口調とか…解かりにくい描写とか…他にも色々と…。 とにかくそれら全て含めて…ヘンなブツ送ってずみまぜんでじだぁ! 謎ジャム食うことでおわびします。許してください。 草々。